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でも、最近よくこんなことを考えるようになりました。

父親がいまの僕の年齢のときには、僕はもう小学生だったんだな、と。

そして、今の僕が、あの頃のような敵愾心にあふれた子供時代の自分とうまく接することができるのだろうか?と。

世の中お金じゃない、うちの親には愛情が足りない、どうしてモノでしか愛情表現ができないんだ、とあの頃の僕は思ってた。

ところが、自分がそういう年齢になってみると、「子供が食べるのに困らないくらいのお金をしっかり稼ぐこと」だけでも、ものすごく大変なことだというのがよくわかるのです。「モノで解決しようとしている」というのは、別に手抜きをしていたわけじゃなくて、「他にうまく愛情を伝えるための術が無かったから」だったのでしょう。そもそも、いくら相手が自分の子供だからといって、自分の小遣いを減らして何かを買ってあげたり、仕事の合間のほんのわずかな「自由な時間」を削って旅行に連れていったりするのは、そんなに簡単なことじゃないはず。僕が基本的に「子供が苦手」だからなのかもしれないし、世の中には「そうやって子供と接することこそが人生の幸せ」だと感じている人も多いのだろうけど、大人って、子供のとき思っていたほど大人じゃないんだな、とつくづく感じるのです。

極論すれば、「子供を放置してパチンコ屋に行きたいときだってあるだろうな」と思うんですよ。

ただし、それが「危険だからやっちゃいけないこと」だというのもわかりますし、それを実行した親が責められるのはしょうがない。

でも、「そんなことを考えるヤツは、『親になる資格』がない」「人の親なら、そんなことしないのが当たり前」と言われると、なんだかすごく違和感があるんです。

子供を持つっていうのは、そんなに人間を「聖人」に変えてくれるものなのだろうか?と。

人は、「資格があるから」親になるわけじゃありません。

「こんな人がいつか子の親になってしまうなんて!」 - 琥珀色の戯言 (via tmmn) (via kommm) (via hustler4life)

まぁ資格で親になる訳じゃないからなぁ。単なる「子供が産まれた人」が少しずつ「親」になっていくんであって。でもここら辺、個としての自分の欲求と親という役割とのバランスが自分の中で取れてないと上手く行かないだよなぁ。

というのも、子供ができてから初めて解る訳なんだけれども。

(via vmconverter) 2008-08-27 (via gkojay) 「親になる資格がない」なんて放言する人は、本当は自分の親に言いたいのに言えないから、人の親に言ってるだけだと思ってる。まずお前の親と対話せよと言いたいね (via oosawatechnica)

(via akko2524)